3日間のリトリートから帰ってきて

ほわほわと満たされた自分がいます。

今回の旅のテーマは『ありのままのワタシを認める』に決めてました。


そもそもありのままのワタシって
どんなワタシ?
というところから始まりました。


小さい頃からワタシは誰?ワタシは何者なの?
っと自問し続けていて、
答えは出ていませんでした。

見つけたら怖いと思っていたのかもしれません。


私は捨てられたんだ
私がいるから母は辛いんだ
私がちゃんとしないと父を怒らせてしまうから

私がしっかりしないと
私のせいだから、、、


9歳のワタシはその時からワタシを押し殺して生きていくことを決めました。


私が悪いから、
私のせいだからと自分の心を抑えることで
うまくいくと、
ある種の快感さえ覚えていたように感じます。

だから、『自分を責める』という防衛手段を身につけたまま

30年近く過ごしてきたのです。

頭の中では分かっていたつもりでいました。


色んな傷はもう治ってると思っていました。


だけど、リトリートに来たら
その古傷に気づいてしまい、

うずいてしまいました。


最初は何となく足が向かなかったのは
そこが9歳の私の記憶に繋がってしまうかもしれないと思ったから。


行くと、その蓋があいてしまいそうで怖かった。


着いたら、、、案の定あきました笑。。。


最初の瞑想で見えてきたのは
嬉しそうな9歳のワタシでした。
父の肩に妹と私でしがみついて流れるプールで遊ぶ姿。

それが見えた瞬間

嬉しさというより恥ずかしさのような照れ臭さにも似た
そんな感覚がありました。


ありのままのワタシはあんなふうに
無邪気だったと気づく瞬間でした。


ワタシのワタシクリエイトストーリーは
生きてきたルーツそのものだと思っていました。


だから皆にお話ししよう、って決めてました。

きっと今までなら

どう思われるかな、とか相手のことを気にして言えなかったり、深く繋がることが怖いとさえ感じていました。


もう一つ、この旅で気づいたのが

人と繋がる関わる仕事をしているにも関わらず、

実は自分はそこにブロックを感じていたことでした。

人との関係性が煩わしい
相手に否定されるのが怖い
1人の時間が好き。


それはきっと繋がること、関係性から
自分が傷つくのが嫌だったんですね。。



そんな新しい一面に気づいてしまったと思っていたのですが、

それがまた違ったことにも気づいてしまったのです。

そんなヒリヒリ感じちゃうワタシも好き。


そうなんです。
ただのドMだったことに気づいた瞬間でした。。


数々の自分劇場、人生劇場を通して深く傷ついたワタシが

そのことで強くなれたり、優しくなれたり
自分で自分の傷を癒せていたことに気付いたからこそ


それは嫌じゃなかった、、、
むしろギフトだったってことでした。


ありのままのワタシに還った時

心からそんなワタシを愛おしく感じました。

最終日の朝、
朝起きて1人でプールに行き、
無邪気に潜るワタシがそこにいました。

今日も怖いけど
突き進もう

ありのままのワタシを認められたら、
自分で自分を抱きしめられたような

そんな気がしました。

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